ひとひらのことのは

「きょうの発言」第9回

平成21年03月10日

「きょうの発言」第9回を転載いたします。


「神職は世襲?」

神社というと世襲のイメージがあるようで、私もよく、「代々神主さんをされているのですか?」と聞かれる。山崎菅原神社に奉職しているのは祖父の代からだが、それ以前も代々神職をしていたようだ。

確かに神社は血縁の者が継ぐことが多いのだが、それ以外の人に神職への道が閉ざされているわけではない。神社とは無縁の家に生まれた人も神職になることができる。後継者かどうかにかかわらず、神職になるには神道系の大学や神職養成機関などで神道を学び、資格を取得する必要がある。現在では女性も神職になることが可能だ。

世襲というと、「親の七光り」というように、親や先代の威光の恩恵を受けられるといった利点がある。だが、利点はそうしたものばかりではない。

私は幼いころから祖父や父が神職として奉仕する姿を見てきた。一般の人には想像しがたい神社独特の世界も、私にとっては当たり前のものとして受け止めてきた。神職としてのあるべき姿も自然に身に付いたように思える。これは、神職の家に生まれたからこそである。伝統や心構えといった無形の財産を受け継ぐことができるのが、世襲の最大の利点だと思う。

しかし、世襲の人間ばかりが幅を利かせるのは、もちろんあまりいい傾向ではない。私が以前奉職していた神社では、神職を目指す実習生を受け入れていたが、実家が神社でない人から学ぶことも多かった。神職の子弟には常識であることが、世間ではそうでないことに気付かされたこともあった。

このように、世襲の人間が受け継いできたものに、そうでない人間が新しい風を吹き込む。そうして互いに刺激し合うことで、社会に活力が生まれるのではないだろうか。

(平成20年3月4日付の熊本日日新聞夕刊より転載)


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