宮司の日記
骨髄提供体験記その3 手術前日・前編
先日、骨髄の提供を行ないました。骨髄移植という言葉を聞いたことはあっても、詳しいことまでをご存じの方は少ないのではないでしょうか。今回わたしが骨髄提供のために入院し手術を受けた経緯を書くことによって、骨髄の提供がどのように行なわれるかを知っていただければ幸いです。なお、骨髄提供に関する日時や入院場所はインターネットでは公表しないことになっています。どうかご了承ください。
さて、入院の当日ですが、午後2時に病院の入り口でコーディネーターさんと待ち合わせて、入院の手続きをしました。健康なのに入院というのも妙な気分です。
手続きを済ませて受付で待っていると、看護師さんがやってきて病棟へ向かいます。個室なので、他の患者さんに気を遣わなくていいというのは有り難いです。ドナーさんによっては大部屋に入ることもあるそうですが、他の方は病気で入院されているので、とても気を遣うそうです。
普段はその病室では骨髄のドナーを受け入れることはないそうで、担当の看護士さんは、入院の間はどうすればいいのかを別の看護師さんに聞いてきてくれました。
まずは、体温や血圧、血中酸素濃度の測定を行ないます。血中酸素濃度は人さし指をクリップみたいなもので挟んで測ります。このような機械があるとは知りませんでした。検査が終わると師長(昔で言う婦長)さんがやってきて挨拶してくれました。
それから担当の先生が来るまで、コーディネーターさんとお話をしていました。熊本では骨髄のドナーさんは年間に10名から20名の間だそうです。毎月1名のペースですが、意外と重なることが多いそうです。わたしは夏場なのでよかったのですが、冬場に提供しなくてはいけない人は体調管理が大変だそうです。
コーディネーターさんが以前に担当された方は骨髄提供の直前に扁桃腺(へんとうせん)を腫らしてしまい、骨髄提供が危ぶまれたのですが、手術日を1日ずらして何とか提供できたそうです。何日かくらい日をずらしても大丈夫だろうと思う人もいるかもしれませんが、患者さんは骨髄を大量の抗癌剤や放射線で破壊し、生きるか死ぬかという極限の状態にいるので、1日や2日でも日にちがずれると命取りになるのです。
また、沖縄には骨髄を提供できる施設がないので、福岡などで骨髄を提供するそうです。もちろん面接や自己血の採血も県外で行なうらしいので、ドナーさんにとってもかなりの負担です。現在沖縄でも提供できる施設を設置しようという動きがあるそうですが、骨髄を採取しても台風などで骨髄が運べなければ、骨髄が無駄になってしまいます。そういう難しさがあるそうです。沖縄の離島ですと那覇に行くよりも福岡に行く方が早いということもあるそうです。
先生は3時頃来られるとのことでしたが、来られないので、コーディネーターさんは先生のところに行かれました。
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